2008年08月24日

(´・ω・)伊豆物語(12)「河津七滝・旧天城峠へ」

(´・ω・)最近ブログがマンネリ気味でつまらなくなってきてるので、久しぶりに旅物語の続きを書いてみました。高校の頃に自転車で伊豆・箱根を旅した時の紀行文です。あの頃は今では考えられないほど体力も気力もありましたし性格も明るかったです。

→旅物語過去ログ(http://syakaifutekigou.seesaa.net/category/2377169-1.html


本編始まり。


(´・ω・) 食事処を出て、自分とMさん(湯ヶ野からの旅の道連れ。三重出身の大学四年生男)は河津の名物、河津七滝(かわづななだる)と呼ばれる七つの滝を見ることにしました。

(´・ω・)滝の名はそれぞれ、釜滝・えび滝・蛇滝・初景滝・かに滝・出合滝・大滝(おおだる)と呼ばれています。

(´・ω・)自転車を茶屋の端っこの目立たないところにチェーンを巻いて置いて、徒歩になり、まずは一番下流にある大滝を見ることにしました。観光道から石段を降りていって滝を上から見るような形になります。この大滝はさっき大滝温泉大野天風呂の時に眼前に見たあの大滝です。やはり滝は目の前から見た方が迫力があります。

(´・ω・)そのあと、順次滝を見ていきました。あとはあまり迫力のある滝は無かったです。上流に向かって道を登っていったので結構疲れました。

(´・ω・)七つの滝を見終わり、元の大滝の近くの茶屋に戻ってきて小休止。このあとMさんはここのバス停からバスに乗って北上するということでした。自分はここから再びまた自転車に乗ろうかと思いましたが、河津ループ橋と呼ばれる橋が自転車で通れなさそうな感じだったので、自転車をバラして輪行袋(自転車を入れる専用の頑丈な袋)に入れて旧天城峠の入り口までバスに乗ることにしました。

(´・ω・)バスに乗ってループ橋を越え、旧天城峠と新天城峠の分岐点近くのバス停で降りました。ここでMさんとはお別れです。名残を惜しみつつ別れました。Mさんの乗ったバスを見送ったあと、輪行袋を背負ってバス停の向こう側のスペースまで移動。再び自転車を袋から出して組み立てました。雨が少し強くなってきたので、急いで旧天城峠の峠道を走り始めました。


次回は、雨の中、旧天城峠を登ってゆきます。


IMG_0005.jpg
(その時にインスタントカメラで撮影したものをアップ。河津七滝の一つ、初景滝です。川端康成『伊豆の踊り子』のブロンズ像があります。)

参考リンク
http://www.kawazu-onsen.com/kanko/kanko.htm
posted by 人間失格(`・ω・´) at 15:50| 埼玉 ??| Comment(0) | 旅物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月13日

(´・ω・)伊豆物語(11)「しし鍋を食す」(高2の頃の話です)

(´・ω・)食事処に入り、メニューを開くと一際目を引く「しし鍋」(猪=いのしし鍋)の文字。近くに『いのしし村』(猪のテーマパーク)もあるほど、天城山周辺は猪が名物です。

(´・ω・)しし鍋を二人で食べることにして(確か1500円。Mさんがおごってくれた)、あとは自分はあんみつ、Mさんはチーズケーキを頼むことにしました。しし鍋を頼むと店員さんが『しし鍋はいりまーす!』と厨房に向かって大きな声をかけます。
「おお・・・なんかすごそうやな」
「これは、なんかすごいのが出てきそうですね・・・」

(´・ω・)・・・しばらく待つと、しし鍋が運ばれてきました。物凄い大きな鍋とかで出てくるのかと思ってたらそうではなくて(それでも二人前ですが)、見た目の方は豚肉のような感じでした。うどんもついてきます。まずは肉をそれぞれ箸でつまんで賞味。
「硬い豚肉って感じやな・・・」
「そうですね・・・」
味は豚肉以下と言う結論ですが、まぁせっか旅行に来てるので、やはりその土地のものを食べるのが旅の醍醐味ですね。そのあとうどんを食べて、デザートを食べて、店を出ました。


(´・ω・)次は、いわゆる七滝(ななだる)と呼ばれる七つの滝を見ることにして、河津川沿いの観光道を上流に向かって歩いてゆくことにしました。
posted by 人間失格(`・ω・´) at 19:44| 埼玉 ????| Comment(2) | 旅物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月04日

(´・ω・)伊豆物語(10)「大滝温泉大露天風呂」

(´・ω・)もう覚えてる人もほとんどいないかもですが、唐突に昔書いていた旅物語を再開しようと思います。

なんか毎日似たような日記・雑記書いてるのも虚しい気がしまして・・ほぼ同じようなことしか書いてないし・・・。


(´・ω・)この旅物語は自分が今よりよほど心身ともに健全だった高2の頃に伊豆・箱根を自転車で一人旅をした時の話です。カテゴリ旅物語の昔の方の記事に(1)〜(9)話があります。http://syakaifutekigou.seesaa.net/category/2377169-1.html


(´・ω・)それでは、はじまりはじまり・・・。


(´・ω・)前回(http://syakaifutekigou.seesaa.net/article/33993677.html)、湯ヶ野温泉から寂れた踊り子歩道を不安に駆られながら歩き続け、ようやく大滝(おおだる)温泉に辿り着いた人間失格と、この日、一緒に旅することになった大学4年生の三重県人M谷さん。早速、この温泉の名物である大野天風呂に入るべく、受付でお金を払い、脱衣所で水着に着替えてタオルを手に石段を降りていきました。


(´・ω・)ここは崖の上に旅館や歩道、お土産屋さんなどがあり、崖の下に河津川が流れていて、上流に向かって七つの滝、いわゆる七滝(ななだる)が点在しています。


(´・ω・)石の階段を下りて川沿いに出ると、目の前の川に向かって大滝が豊富な水量を激しく叩きつけていました。「おおー」と、二人揃って驚き、これはすごいですね、としばし歓談。そして、いよいよお風呂へ。まずは一番近くにある。洞窟風呂へ(今HP調べたら秘湯穴風呂と言うらしい。)


(´・ω・)薄暗い洞窟の中、(確か電球が上に幾つもぶら下がってましたが、ざぶざぶと二人揃って最奥へ。午前中から温泉に入る人は少ないのか、自分たち以外は一人か二人ぐらいしかいませんでした。洞窟の奥でしばし「すごいなー」と洞窟を誉め讃え(なんか二人揃ってさっきからアホっぽい・・・)、そろそろ飽きたので、外へ出ようとまたざぶざぶと出口へ向かいました。

しばらくすると道が二つに別れていました。洞窟風呂は男性専用と女性専用の入口兼出口が別々に一つずつあって、内部の途中で混浴スペースに合流するという構造なのですが、行きも通ってきたのに、知ってか知らずかM谷さんは女性の方の出入り口へざぶざぶと向かってゆきます・・・。焦って「こっちは女性の方の入り口ですよ!」と言って、引き止めました。「ほんま!?」と、自分のうっかりに気づいてようやく合流地点まで引き返し、男の方の出入り口から外に出ました。うーむ・・・。まぁ、水着ですし、たぶん女性客はいなかったと思うので騒ぎにはならなかったと思いますが・・・。ただ進行方向から男が現れたら怖いだろうたぶん。


(´・ω・)外に出て、今度は河原沿いに点在する露天風呂に入って行くことにしました。少しぬるかったです・・・。そして無色透明なので、あまりありがたみも無いような・・・。でもまぁ、せっかくだからといちいち河原に点在するお風呂に入っていったんですが、次の露天に入ろうとして足を入れて吃驚。水でした。「?」と見てみると魚が泳いでいました。川沿いには露天風呂の他に魚を泳がせている池があったのでした。
「・・・。」
突っ込んだ右足を引き上げてブルーになりつつ(途中のお湯で足を流して)、先をゆきました・・・。(記憶にはあるけど、これはもしかすると記憶違いかも知れない・・・五年以上前の記憶なのであやふや・・・)


河原沿いの道が終わり、今度は別の階段で上に登ってゆきます。しばらくゆくと五右衛門風呂が七つ並んでいました。七つには河津七滝のそれぞれの名前がつけられていました。見晴らしは緑が多くて良かったと思いましたが、なにしろ五年以上前の記憶なので、景色の詳しい様子はあまり思い出せません。

そして上に登りつつ点在する温泉(たぶん道祖神の湯、とか)に入ってゆき(子宝の湯・見晴らしの湯には入った記憶無し。)、ようやく元の脱衣所に戻ってきました。そこで着替えて受付を出て、次は道の向かいにある水車のある食事処でお昼ご飯を食べることにしました。


参考URL 天城荘 大滝温泉
ttp://www.amagisou.jp/contents/top/top_index.htm
posted by 人間失格(`・ω・´) at 22:08| 埼玉 ????| Comment(0) | 旅物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月05日

(´・ω・`)ノ 写真更新

http://blog.livedoor.jp/tuukouninn/
老舗の鰻屋さん、外神田の出版社さん。(´・ω・`)ノ 
posted by 人間失格(`・ω・´) at 21:15| 埼玉 ?J| Comment(6) | 旅物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月15日

(´・ω・`)「人間失格の暴走」と「留友、早稲田のボロアパートに引っ越す。」の巻

(´・ω・)先日、改築後の我が家が某組織(株)に現場見学会の名のもとに乗っ取られ、自分は半ば追い出されるように自転車放浪の旅に出ました。とりあえずご飯を食べてなかったので、クーポン券を使って格安でロッテリアで食事。そのあと、いつものように図書館やヤングジョブカフェに行くのが普通でしたが、その日は割と早い時間から外に出たので時間が有り余ってました。なおかつその前日前々日に図書館やハロワには随分長くいたのでそれらの選択肢は億劫でした。

(´・ω・)その日は数少ない留友(留年友達)のyが休みの日&以前住んでいたアパートからボロアパートに引越したばかりで「遊びにきよし。」(和歌山弁?)と言われていたこともあって、メールで連絡をしたら来ても大丈夫とのことで行くことにしました。

(´・ω・)しかし、さいたま(大宮)から留友の住む早稲田のアパートまではたぶん片道40`強?かなりの距離です。しかも自転車は速度があまり出ない安い自転車。しかし、このまま図書館やハロワに籠る精神状態じゃなかったので、勢いだけで自転車を漕ぎ出しました。

(´・ω・)氷川神社参道を抜け、さいたま新都心の地下トンネルを出て国道17号(むかしの中山<なかせん>道)に合流。そこから炎天の中を与野・浦和・蕨・戸田・志村・板橋・巣鴨(マクドナルドが老人で溢れかえっててびびりました・・・巣鴨はお年寄りの銀座です)、とひたすら自転車を漕ぎました。そして千石の当たりで白山通りを進んだところで方向に迷い、結局、東京ドーム脇へ。ここら辺はやや知ってる道なので飯田橋を経由して神楽坂に出て、坂を登って更に進みようやく地下鉄早稲田駅に出ました。そして待ち合わせ場所の、前に友人が住んでいた西早稲田のアパートへ。ここまでで二時間十分程かかりました。後で確認したら、西巣鴨から池袋を経由して高田馬場の方に出るルートがもっと近かったようです。やはりちゃんと調べずに場当たり的に走ったのは阿呆でした。

(´・ω・)早大のキャンパスに近いサイゼリアで軽食(ドリンクバー)をとって、留友の引っ越したボロアパートへ向かいます。そこは、地下鉄早稲田駅から意外と近い、路地を何度か曲がったところにある築35年くらいのアパートでした。回りにも似たような古いアパートがあり、まるで昭和の上京学生のアパート暮らしの世界だなぁと思いつつ中に入りました。トイレは共同。一部屋四畳半。ドアは安っぽい鍵がついており、ドアの頭上にガスメーターがついているのが印象的でした。

(´・ω・)中に入ってみると狭いものの、意外と上手く机やテレビや本棚が配置されていました。押入れが大きいので以前の八畳の部屋のものも収納出来てるようでした。日当たりもそこそこ良く、家賃二万円台でこれだけならお得なのかもしれません。流石に、学生街なだけに早稲田はアパートが安いようです。ちなみに自分の在籍している大学の周辺には学生街は無いです。ここの辺りも文学活動にも影響してくるだろうなぁとか思いました。

(´・ω・)yのすすめで、早稲田の銭湯に入ってから家に帰ることにしました。以前は金泉湯と言う銭湯が近かったのですが、今は第二弁天湯と言う銭湯が近いようです。430円。三時半からの営業ですが近隣住民と見られる方が五、六人すでに来て待っていました(学生は自分達だけ)。入口には番台があっておばさんがいます。男湯と女湯は一枚の壁で仕切られていて(ただし天井まで届かない壁なので昭和の青春ドラマのように声を掛け合うことは可能。そんなのいないだろうけど。)浴槽側の壁画には富士山の絵が描いてありました。浴槽はジェットバスとかジャスミン湯とかありました。あとは水風呂。都内の銭湯はお湯はめちゃくちゃ熱くて、水風呂はすごい冷たいです。そこに40分くらい居て、yに別れを告げ、16時半頃に早稲田鶴巻町を出ました。

(´・ω・)ただその時はコンビニとかで地図を見ても良く道がわからず、またまた飯田橋→御茶ノ水→国道十七号と言う遠回りをして帰ったので、家に着いたのは19時30頃でした。久しぶりにかなり日焼けしました。運動不足だったので、たまには走るのも良いかもですが、衝動的暴走ではなく、ちゃんと道を調べてから走らねば、ですね・・・。
posted by 人間失格(`・ω・´) at 23:55| 埼玉 ????| Comment(5) | 旅物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月28日

(´・ω・`)さいたま市立博物館

(´・ω・`)なんか、大学が近づくにつれ、文章のテンションがいつもより上がっているというか…上擦っている…。落ち着かないと言うか…。

(´・ω・`)ちなみに今日は昨夜我が家に宿泊した留友yと共にさいたま市立博物館(なんと無料)に行ってきました。一般的な展示物(土器・復元模型・書状とか)の他に、昔の遊び道具で遊べるコーナーがありました。(と言うか博物館の正面玄関前で博物館が用意した羽子板で羽根を打ってる親子もいた。)

(´・ω・`)独楽とか紙風船、けん玉、万華鏡、ピタゴラスイッチの簡易版バージョンみたいなやつ(昭和?大正?時代のもの?)がありました。博物館はどうしても「見てるだけー」、ってなりやすいので、こうやって実際に自分で手で触れたり遊べたりするのは良いですね。規模は小さいですが、素晴らしい博物館です。
posted by 人間失格(`・ω・´) at 20:10| Comment(3) | 旅物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月24日

(´・ω・`)三日坊主の天王山と千代田区散策3

(´・ω・`)と言う訳で今日も散策してきました。本当は昨夜寝たのが午前四時頃だったので凄く眠たかったのですが、大工さんの電話(家の外の作業のはずが中もやることになり扉を開けて下さい、とのこと。)で無理矢理起こされました…。でも怪我の功名だったかもです。油断するとすぐ昼夜逆転になりますので。

(´・ω・`)流石にここのところずっと写真を撮ってるので秋葉原周辺で撮るものもなくなりつつありますが、移転で無くなる店とか見つけたり裏通りを撮ったりました。そのあと、時間が余ったので、桜の開花宣言が出た靖国神社に行ってみました。都内のアパートに棲息する留年仲間yに「(´・ω・`)暇?」とメールを送ってみると暇とのこと。また今日も2人で行動することになりました。

(´・ω・`)靖国神社では桜祭りが行われていて(肝心の桜は社殿近くの数本が一部くらいしか咲いてませんが)、屋台がたくさん並んでいました。靖国は境内が広いのでたくさん屋台が組めます。そして人もたくさんいました。年配・家族連れ・カップル・外人、多種多様です。

(´・ω・`)とりあえず桜や屋台の写真を撮って、社殿に参拝し(ちなみに自分は特別な思想信条は無いです)、今まで一度も行ってなかった遊就館と言う太平洋戦争中心の資料館に入ってみました。ここはすごい右っぽかったので今まで敬遠してました。

(´・ω・`)中は彫刻と映像とボード・写真が中心でした。その当時使ってた銃剣・軍服・飯盒・砲弾とかもありました。あと数千数万?の遺影が並んでる部屋もありました。(遺書や遺品も)あとは本物の戦闘機とか特攻兵器「回天」(人間魚雷)とか桜花(人間ロケット)も展示されてました。他には野戦砲・戦車。あとは軍艦の模型。

(´・ω・`)かなり展示物の量があるので疲れました。自分はお偉方や政治家ではないので、やはり一般庶民側から戦争を見ます。庶民にとって戦争はいいことないなぁといつも思います。玉砕と言えば聞こえが良いですが、米国以前に国家に殺されたようなものですから…。戦時法で捕虜になれるのにそれを消して死ぬまで戦えってのはもはや法治国家の戦争じゃないです。そもそも戦うなら絶対勝てる戦をせねば…まぁ、緒戦は完勝でしたが…。おそらく日露戦争のように海で敵を倒し重要地点を占領(日露戦争のときは旅順。太平洋戦争のときはハワイの基地?)すれば講和を結べると思ってたんでしょうが…。いかんせん、国力も違いすぎますし、何しろ世界中が敵では無理ですね。あと、情報力(暗号が筒抜けでは勝てないわな…)。そもそも軍国主義だけでは国は滅びます。まぁ世界恐慌による不景気で戦争を起こさざる得なかった面もあるのでしょうが。…でもまぁ自分は門外漢なので何とも言えないかもですね。でも、国民を人と思ってないようなやり方は非道としか言いようがありませんし、非合理的な精神主義や大言壮語で状態が好転する訳はありません。でも死んだ現場(戦場)の人を悪く言うことは絶対しません。上層部は批判しますが、下の人達は、いわば自分もその時代ならそうなっていた訳ですから。庶民として庶民のことを思います。上の人々が政治目的で参拝に来ますが、おそらく来るなと思ってる霊もいるでしょう(いるとしたらですが)。自分なら、国家に殺されたのに国家の人間に来て欲しくは無いです。故郷で静かに眠りたいです。ただ、それだけあの当時、国と庶民である自分を自己同一していた、されていた訳ですから、半ば尽忠報国は本気だったでしょう。国民と言うか臣民ですからね…。やはり時代ですね。


日の丸特攻隊の遺書(フラッシュ)



右・左・入り交ざってるので、あまり鵜呑みにする方にはおすすできませんが…↓
戦争について考えるフラッシュ

ググったり、ウィキを読んだり、資料を読んだりしないと(それすら片寄ってるかもですが)一方に片寄り易い気がしないでもないです。とりあえず自分はバランス感覚を持っていたいと思ってます。極端に右だ左だとは片寄りたくは無いです。…ただやはり自分は庶民ですから国家よりも庶民寄りですが。
posted by 人間失格(`・ω・´) at 01:31| Comment(2) | 旅物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月23日

(´・ω・`)リフォーム始まる→強制脱ヒキ→神田散歩

(´・ω・`)…と言う訳で、今日からリフォームのため大工さんが我が家を包囲してます(今はまだ一人〜たまに2,3人)。いよいよ安穏なヒキコモリ生活を営めなくなります…。流石に、我が家の内外で大工さんが仕事に精を出してる中で自室でだらけているのは良心の呵責に耐えられないので、今日は眠気を堪えつつ午前中中に千代田区へ行きました。自転車の定期を買って(ちなみに電車と駐輪場の定期代は親からの資金援助です。)電車に乗って都内へ。またしても留年仲間yと合流して、今日は千代田区にある430円の三階建ての綺麗な銭湯へ行きました。ここは自分が休学前によく来てた避難所みたいなものです。金欠とは言え、実はまだ虎の子の銀行預金(昔の貯金とバイト代の残り)が10万近くあるので、これぐらいは出せます。決して無駄遣いはできませんが…。あと、先日彼岸の時におじいちゃんから一万円ほど頂きました。我ながら情けない…。いつか恩返しせねば…。いつも「もらう訳にはいかない」と断るのですが、結局押し切られます。我ながら情けない…。

(´・ω・`)…ともあれ銭湯へ。何だか若い男が二人で銭湯ってのも微妙ですが、二人とも部類のお風呂好きの若年寄です。そのあと須田町の老舗の蕎麦屋「まつや」(池波正太郎もよく来ていたらしいです。混むので相席は当たり前。客がどんどん来る。)で蕎麦を食べ(自分は一番安い550円のもりそば)、前回撮り残していた須田町老舗街の様子を撮りました。あと須田町にある出世稲荷とかの小さな神社も撮って参拝しました。

(´・ω・`)そうして須田町の老舗のあんこう鍋屋を撮ってる時、背広・眼鏡の恰幅が良くて妙に威厳のある感じの50代くらいのおじさんがじっと立ち止まってこちらを見つめてきました。(店の関係者?無断で撮るな!とか怒られるか…?)とビクビクして、こそこそその場から離れようとすると、怖い顔で呼び止められました。内心「(´・ω・`)。」と思ったら、意外とここら辺の昔話と、自分が昔、銀座で女の子(おそらくホステス)にお土産にここ(おしること揚げ饅頭のお店「竹むら」)で揚げ饅頭買ってったりしたよ、と言う話が始まりました。何か妙に風格があって厳しい雰囲気の人だったので(部長とかそんな感じの雰囲気?)気圧されてましたが、どう言う訳か好感を持たれたようでした。飯田橋にもこういう古いところがあるから撮りなさい、みたいなことを言われて(たぶん神楽坂の料亭のこと?)別れました。

(´・ω・`)…どう言う訳か自分は見知らぬ年上の人に話しかけられ易い傾向があります。以前、後楽園庭園を歩いていたら見知らぬお爺さんに話しかけられ阪神タイガースのオープン戦の話に一時間ぐらい付き合ってました(ちなみに自分は広島カープファン)。前回、忍の日帰り温泉施設に行った時も何故か30代くらいの女の人に頼まれて、男風呂に連れの人を呼びに行ったり…。どうも自分は見た目が気軽なんですかね…。背も低いし子供っぽいような雰囲気なのかもですが…。うーん…。

(´・ω・`)なにはともあれ、そのあと、狸を祭っている社もある柳森神社とかビルと住宅のわずかな隙間に鎮座する花房稲荷神社とかを写真に撮って、その後は昌平まちかど図書館に行って文春とかSAPIOとかスポーツ新聞読んで今日は終了です。
posted by 人間失格(`・ω・´) at 01:07| Comment(9) | 旅物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月21日

(´・ω・`)千代田区散策録2(神保町古書店街・須田町老舗街)

(´・ω・`)今日は留年仲間yと千代田区を散策しました。四番町図書館→神田神保町古書店街→神田須田町老舗街→秋葉原電気街の順です。徒歩です。

(´・ω・`)四番町図書館で関東の戦国時代の戦について書かれた「関八州古戦録(かんはっしゅうこせんろく)」を読んだあと、神田古書店街でyの本探しに着いていって色々古書店を回りました。古本が店頭に積み上げられ、店内では高そうな古書が天井までびっしりと積み重ねらていて圧巻でした。他に昔の文人の直筆の短冊とか額とかも売ってて、正岡子規の短冊が100万円で売ってたり、武者小路実篤の額が30万円で売ってたりして驚きました。自分も何か書きますかね…1円にもならんでしょうが…(笑)

(´・ω・`)結局本は見つからず、神保町を後にして歩いてすぐの須田町へ。須田町の老舗街には、おしるこ・そば・あんこう鍋の老舗があります。ここら辺は太平洋戦争中も焼けなかった地域です。不発弾が多かったとか、バケツリレーがすごかったとか。余談ですが、須田町の上にあるニコライ堂は教会なので空襲の標的から外されてます。あと神田古書店街も外されてます。救世軍(キリスト教の組織)の本営があったからとか、文化的価値を鑑みて外されたとか色々説はあるようです。

(´・ω・`)そんなこんなで須田町をぐるぐる回って、写真を撮りました。そうしてたら、留友yが「甘いものを食べたい」とのたまったので、その老舗のおしるこ屋さんに入ることにしました。

(´・ω・`)ガラガラガラ…と見るからに老舗の店構えの引き戸を開けて入ると、中も昔ながらの作りっぽくて、やや暗いです。奥の席に案内されてお品書きを見ると…やはり値段が高い・・・。おしるこ730円、揚げ饅頭460円(二個)・ぜんざい???円(忘れた)。結局、各々がおしるこ(三種類あった)を頼んで、揚げ饅頭を二人で一皿頼むことにしました。金欠の自分には痛いですが、バイト代が出たばかりの友人が「わしが言い出したんだし、わしがおごるよ。」と。しかし、前回(忍散策録)も奢ってもらってまた今回も奢ってもらっては駄目人間街道まっしぐらなので、せめて600円出しときました(全額出せ自分…。)。何だか自分と友人の関係は、石川啄木と金田一京助みたいな感じになりつつあります…。どうも甘えてしまうと言うか…。(京助は啄木の盛岡中学校時代の一つ上の先輩。だめ人間・啄木の下宿の世話をしたりお金を貸したりして援助した良い人。ちなみにyも自分の一歳上)おしること揚げ饅頭の味の方はとてもおいしかったです。今まで食べたあんこ系の食べ物で最高だったかも知れません。あんこに深みがありました。

(´・ω・`)そして、秋葉原で適当にそこらを歩いて写真を撮りつつ、yのゲーム物色に付き合って、今日は終了でした。

(´・ω・`)yには感謝せねばなりません。でもまぁ、再来週あたりyの歴史散策に付き合って埼玉北部を案内せねばならなくなりそうですが。まぁ、この恩に報いねばなりませんね。…餌付けされつつある人間失格(´・ω・`)であった。
posted by 人間失格(`・ω・´) at 01:53| Comment(2) | 旅物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月18日

(´・ω・`)千代田区散策記

(´・ω・`)体を慣らすために引篭もりたい病をどうにか抑えて、今日も外出しました。親父の定期を利用して千代田区まで行ってきました。大学以外の根拠地と言うか橋頭堡というか、それの下見です。千代田区内で快適に引篭もれる図書館を探してきました。

(´・ω・`)まず秋葉原駅で降りて、昭和通りを越えてしばらくしたところにある佐久間町の図書館に行ったのですが。ここは小学生と主婦の巣窟だったので早々に退散しました。どう見ても不審人物でした。本当に有難う御座いました。

(´・ω・`)そのあと適当に写真を撮りながら歩いて御茶ノ水駅まで行ってそこから総武線で飯田橋駅へ。久しぶりに大学の掲示板を見てきました。掲示板見てるだけで熱っぽくなって気分が悪くなってくるとか、もう自分の大学・学生嫌いは生理現象の極致に達してますね。掲示板を見てたら退学処分されてる方が2名いてカワイソスでした。理由は、まぁ、政治的な理由でした…学生運動の名残と言うか。自分が入学した頃は、下火ながらも活動してました。昼休みにトラメガで演説をし、巨大なスローガン看板(たとえば「イ●ク戦争反対」とか)を自作しては建て掛け、チラシを配ったりしていた連中でした。まぁ、ちょっとうるさかったですね。ちなみに自分は一般的な学生にも政治的な学生に対しても(´・ω・`)しらんがな、な気分でした。自分はやはり群れが嫌いです。

(´・ω・`)その後、大学を出て一人、四番町の図書館を目指して歩きました。靖国通りを超え、東郷元帥公園の脇を歩いているとやや古い感じの図書館がありました。そこが四番町図書館でした。ここはそこそこ広くて年齢層もバラけててよい感じでした。千代田区の昔の資料や江戸城関係、東京大空襲関係の資料が充実してました。あと、地下一階と入り口脇にミニ展示コーナーがあって明治時代や昭和の千代田区の写真や昔のお金とか生活用品とかを無料で見ることができました。

(´・ω・`)とりあえず東京大空襲の写真集と千代田区の地名と歴史に関する本を読みました。写真集は生々しいので苦手な方は読まない方が良いような内容でした。千代田区の地名と歴史の本は外神田の昔の話がわかって為になりました。

(´・ω・`)夜になって、神田明神・秋葉原へ移動して夜景を撮って帰宅。四番町図書館は学校からやや遠いので根拠地にはならないかもです…。大学の図書館の蔵書数が多くて居心地が良ければこんなに探し回ることは無いのですが…。そもそも大学に居場所を作れないのが問題かもですね。

(´・ω・`)ちなみに休学前までは秋葉原デパートのマックで文庫本を読んでたことが多かったのですが、去年末デパートごと潰れました。
posted by 人間失格(`・ω・´) at 02:26| Comment(8) | 旅物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月16日

(´・ω・`)忍(おし)散策録

(´・ω・`)歴史好きの友人(と言ってもいつもの留年仲間)が来たので気分転換を兼ねて忍(現在の行田(ぎょうだ)市)に行ってきました。忍城址を見たり、さきたま古墳を見たり行田博物館や成田家(この地の戦国大名)に関する神社に行ったり、行田名物ゼリーフライを食べたり、行田温泉「古代蓮物語」に行ったりしました。

(´・ω・`)ゼリーフライと言うのは、名前とはかけ離れた小判型の揚げ物です。お好み焼きもどきという風に書かれてますが、味はコロッケに近いです。ただし原材料はほとんど小麦粉。一個80円。銭フライがいつしか訛ってゼリーフライになったとか…。もともとは中国の食べ物を日露戦争から帰ってきた人が真似して作った、と店内に書かれていました。行田の足袋工場の女工さんがおやつに食べていたそうです。

(´・ω・`)行田温泉「古代蓮物語」は内装にお金を掛け過ぎの感があります。御殿風と言うか。肝心の温泉は全体の30%ぐらいの湯船にしか使われていません。それを考えれば東鷲宮「百観音温泉」は水風呂を除いて全ての湯船に源泉を使っているのはすごいのかもですね。値段は700円。なぜかまぐろの握りが一貫50円でサービスしてたので友人と二人で5貫づつ食べました。

(´・ω・`)行田博物館は学生料金で100円で入れました。戦国時代が好きな自分としては今一歩でした。白亜の御三階櫓からの眺めも今一歩で残念でした。100年前のオルガンを体験できるコーナーがあったので、下手な軍艦マーチを弾いておきました。ペダル踏んだことないので難しかったです…あと、鍵盤が大きくて…家にあるのは格安ミニ電子ピアノですので。

(´・ω・`)さきたま古墳は「なんかこんもりしてるなぁ…」ぐらいの感想しかありませんでした。小学校の遠足で行った時はもっと壮大だった気がするのですが…大人になりました。ちなみに古墳の上に大の字に寝っ転がって空と雲を見上げるという野望は柵によって阻まれました。全然大人じゃないですね。

(´・ω・`)こんなところで忍散策録は終わりです。外を歩いたり友人と話したりお風呂に入ったりして幾分気が楽になりました。やはり家に籠ってるだけはいけませんね。金欠の自分にご飯を奢ってくれた友人(と言っても1個上なんですが)に多大の感謝を込めて。
posted by 人間失格(`・ω・´) at 23:33| Comment(8) | 旅物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月18日

(´・ω・)伊豆物語(9)「二日目A踊り子歩道〜大滝温泉」

(´・ω・)久しぶりに旅物語更新ですっ。前回までの物語→カテゴリ・旅日記

(´・ω・)踊り子歩道…。その優美な名称とは裏腹に、遊歩道は荒廃していました。(今はどうなってるかわかりませんが。)

(´・ω・)舗装路のコンクリはボロボロ。道は狭くて人通りは全く無く…。たまに物置だか廃屋だかの建物まであって、心気が萎えてきます。折りしも季節は冬。周りの景色も殺風景で、枯れ草色の物寂しい風景の中を川に沿って歩いていきました。

(´・ω・)一緒に、歩いていた大学生のmさんも何だか不安になったらしく、目の前に現れた猫に向かって「この道でいいのかのぉ?なぁ、にゃんにゃん?」とか話掛けるほど危険な状態でした。(にゃ、にゃんにゃんですか!?)と内心動揺を隠せない自分でしたが、もしかすると三重では猫のことを「にゃんにゃん」と呼ぶのがスタンダードなのかなぁと思ったり思わなかったりして動揺を抑えました。ちなみに猫はこちらを一瞥したあと道を横切って草むらに消えていきました。「なんだこいつら?」と言うような表情だった気がします。

(´・ω・)そうして歩くこと30分程…ようやく道路に出ました。救われた気分でした。向こうの空に大きなループ橋が見えて、予備知識で得ていた「河津七滝(かわづななだる)ループ橋」に違い無いと思い、ようやく目的地が近いことを知りました。

(´・ω・)しかしmさんダウン。座り込んでアクエリアスを飲みながら疲労困憊の様子でした。しばらく道端で休んでから、へろへろのmさんと一緒に残りの道を歩き、ようやく大滝温泉の入り口に着きました。その入り口にある大きな水車と茶屋風の食事処が良い感じでした(たぶん「大滝庵」)。ここにはバス亭もあり他の観光客もちらほらいました。観光用の道が川の上流に沿って登っていっており、滝を見る時は、道から石段で降りて見に行くという感じでした。この道に沿ってお土産屋や旅館も並んでいて先程の殺風景の中を歩いてきた自分達はとても癒されました。人間はやはり人間のいる場所で安心します。

(´・ω・)ちなみにここの旅館の天城荘には名物の大露天風呂があります。壮大な大滝を目の前にした露天風呂が名物です。更に川沿いと崖のあらゆるところにお風呂があり、水着を着て色んなお風呂(洞窟風呂とか釜風呂とか)を回るという大野天風呂とも言うべき規模です。「これは入らねば!」と言うことで先程までのへろへろ状態から一転して意気揚々と大滝温泉大露天風呂に向かいました。受付で着替えて、長い階段を水着とタオルを持って下ってゆきます。二人とも観光計画を立てるに当たってやはりここは抑えてましたから水着は持参してました。

つづく。
次は大滝温泉大野天風呂へ入湯です!

参考リンク
大滝温泉「天城荘」
posted by 人間失格(`・ω・´) at 01:38| Comment(6) | 旅物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月25日

(´・ω・)伊豆物語(8)「二日目@湯ヶ野出発」

(´・ω・)更新が止まってたノンフィクション自転車一人旅「伊豆物語」を再開します。(一人旅と言っても二日目は道連れがいますが)(´・ω・)つ前回までの話→カテゴリ・旅物語

(´・ω・)伊豆湯ヶ野に朝が来ました。携帯で時間を確認すると六時五十分程。相部屋のMさん(中部地方の大学四年生。)はまだ寝てます。静かに起き上がり、窓から伊豆の山々を眺めてみると雲の流れがやたらと早いです。そして雲が多いです。雨が降る気配はまだ無いものの、あまり天気はよくない感じです。

(´・ω・)やがてMさんも起き、一緒に一階の食堂に向かいました。食事をとっていると宿のおばさんが「今日はいよいよ、天城越え(あまぎごえ)ですね」と声を掛けてくれました。「天気がもてばいいんですが…」と返しましたが、「午後になると雨が降るかも」とのことでした。今日は天城峠を越えて、湯ヶ島で泊まることになってました。

(´・ω・)そして食事を終え、着替えをして部屋を引き払い、中庭の自転車へ向かいました。そして携帯用空気入れで空気を入れます。これは自転車旅の日課です。最後に宿の方が記念に写真を撮ってくれるとのことで二人で写真を撮ってもらいました。後日、HPに載せるとのことでした。(現在は消えてます)

(´・ω・)Mさんと共に宿を後にし、まずは道を歩いて福田屋へ向かいました。Mさんは昨晩遅くに来たので河津川や福田屋を見学できてなかったので。
河津川のところに着くと、宿の人から教えてもらった湯ヶ野温泉共同浴場(地元民専用)を見てみたり(かなり小さかった)、福田屋の前で写真を撮ったりしました。そして、福田屋を後にして、河津川沿いにある遊歩道「踊り子歩道」を歩いて(自分は自転車を押して)河津七滝(かわづななだる)へ向かいます。

↓写真はクリックで拡大します。

コピー 〜 IMG_0004.jpg(Mさんと福田屋)

yu.jpg(河津川)


ヤフー地図・現在地
posted by 人間失格(`・ω・´) at 01:15| Comment(6) | 旅物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月21日

(´・ω・)伊豆物語(7)「一日目E湯ヶ野の夜」

(´・ω・)さて、ようやく宿の看板の前にやってきました。その看板からちょっと上がった高いところに宿はありました。ここは民宿みたいなものですが、壁とか見た目はそこそこ綺麗だった気がします。値段は二食つき4800円くらいです(会員値段)。

(´・ω・)そろりそろりと中庭を横切って、適当な柱のあるところに自転車をチェーンで巻いて、玄関に入ります。「ごめんくださーい…」すると、すぐに宿の人が出てきたので、宿泊の手続きをしました。前払いです。部屋は二階の広い部屋です。ただし…、相部屋です…っ。

(´・ω・)この全国、いや全世界にある施設(ユースホス●ル。●=テ)は安いけど相部屋が基本らしいと言うことは、サイクリングをやってる先輩に聞いていたので(というか、先輩にユースホステ●の会員になることを勧められた)、驚きはしませんでしたが、それでもちょっと不安が過(よ)ぎりました。それでもこの当時の自分は今とは考えられないぐらい対人耐久度がありましたので、この施設を利用することに迷いを感じませんでした。値段が安いことも理由でしたが。ほんと、現在の重度の対人マンドクセ病の自分では絶対に考えられないことです…。

(´・ω・)宿のおばさん(と言ってもそんな年をとってる訳ではないけど)が言うには、相宿の人は中部地方の大学4年生一人旅らしいです。
(´・ω・)ともかくも、荷物(リュック。中身は着替えと輪行袋とタオル)を持って、二階の部屋に向かいました。広い部屋の片隅に荷物を置いて、とりあえず窓の外の伊豆の山を眺めてみたりしました。しばらくすると(ここら辺の記憶も曖昧ですが)、風呂が沸いた旨が伝えられました。なのでお風呂(温泉だったかどうかは忘れました。今HPで調べてみたら現在はそうらしいです。広さは失念。。)に入りました。自転車の後のお風呂は格別でした。生き返るようです。お風呂から上がって少しして、夕飯が出来上がった旨が伝えられました。件(くだん)の大学生はまだ到着してないとのことです。

(´・ω・)食堂(と言っても、一般家庭とあまり変わらないです。でも、そんなアットホームさがユースホステ●の売りかもです。)に行くと、ハンバーグとエビフライ等の一般的な家庭料理でした(よかったらカレーも食べて!と言われて少し食べた気もする…)。そして、そこに中学一年生くらいの女の子が立ってました。「?」と思うと、ご飯を盛ったり、みそ汁を入れてくれました。ここの娘さんのようです。用息ができると「ええと…どうぞっ。食べて下さいっ。」と、接客に慣れてないのか多少あたふたしながら言ってくれました。「ありがとうございます。頂きます。」と返して、ご飯を頂きました。味はそこそこおいしかったです。

(´・ω・)ごはんを食べ終え、二階の部屋で明日の予定を地図(るるぶ)で確認していると「ガチャッ」、とドアが開きました。すると中肉中背、黒髪(長くもなく短くも無く)の人当たりの良さそうな青年が入ってきました。

(´・ω・)こんばんは。と挨拶をし、とりあえず、お互いの今日の旅の話をしました。向こうの到着が遅かったので、その関連で伊豆のバスの少なさの話をしたりました。その大学生の名はmさんと言います。大学では理系の学部にいて、今回は卒業旅行として一人、バスと徒歩で伊豆を周ってたそうです。

(´・ω・)普段、関西の方と話す機会がなかったので、その口調の滑らかさが新鮮でした(高校に大阪出身の怪しい関西弁を使う恩師はいましたが)。そのmさんはやたら「ほんま」を連発する人でした。

(´・ω・)で話してるうちに、何だかすっかり打ち解けてしまいました。それで、翌日、自分と同じく河津七滝(ななだる)を巡るそうなので、自分も同道させて頂くことになりました。この当時の自分の積極性は今とは別人の感があります…。

(´・ω・)そんなこんなで夜も更けて来たので、就寝しました。こうして伊豆での一日目は終わりました。


写真はクリックで拡大します。

IMG_0006.jpg(その翌朝の宿からの眺め。)
posted by 人間失格(`・ω・´) at 21:27| 埼玉 ??| Comment(2) | 旅物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月18日

(´・ω・)伊豆物語(6)「一日目D湯ヶ野温泉到着」

(´・ω・)さて。河津桜を後にして山道を走っていきます。

(´・ω・)山道と言っても、そんなに斜度がすごい訳でもなく、距離も湯ヶ野まで10`以内なので苦ではなかったです。ただ、暗くなりつつあったので、少し急がねばな、とは思いました。

(´・ω・)踊り子温泉会館の脇を抜けた時に、ここの温泉に入ろうかどうか迷いましたが、湯ヶ野温泉に入ってみたかったので、スルーしました。

(´・ω・)やがて南伊豆・下田からの国道414号線と合流して、ちょっと行くと湯ヶ野温泉に着きました。湯ヶ野温泉全体の風景は忘却の彼方なので、思い出せません。。どんな感じだったかな…。

(´・ω・)とにかくも湯ヶ野温泉入り口で地図を調べ、伊豆へ来た目的の一つに福田屋を見たいと言うのがあったので、福田屋を探しました。道を降りて河津川沿いに出ると、その向こう側に福田屋はありました。自転車を邪魔にならないところに置いてから、単独で木造の趣のある小さな橋を渡りました。

(´・ω・)教科書に載っていた福田屋の写真と実際に見た福田屋を見ての感想もどうにも思い出せませんが、とにかく福田屋の前へ来ました。そこで、ここは日帰り入浴はやってるのかな?と思って、尋ねてみることにしました。

(´・ω・)普通はここまで来たら宿泊するところの宿のお風呂だけで十分なんですが、今日宿泊予定の宿はかなりの安宿なので、露天風呂とかは期待できませんでしたので。

(´・ω・)とにもかくにも福田屋の入り口の引き戸をガラガラガラ…と開けました。中は流石、川端康成が定宿にしていた宿だなと思いました。伝統と格式を感じました。で、受付に日帰り入浴の件を言おうとしたのですが…無人でした。

(´・ω・)「すみませ〜ん…」と呼べど人は来ません。しばらく待って、もうあきらめるか、と思ったところ、女将さんらしいおばあさんが向こうから来ました。「日帰り入浴はやっていますか?」と聞いてみたら、「やってますが、今、宿泊しているお客様が入浴してらして…。」という意味のことを仰られました。「そうですか…。わかりました。お邪魔しました。」と言って、残念ですが、あきらめました。まぁ、そもそも自分のようなのは自転車旅行者は、ここでは場違いだったかもしれませんね。

(´・ω・)さて。もう暗くなってきたので、宿を目指すことにしました。湯ヶ野温泉の外れにある格安の、某・民宿(というのも正確ではないけど)です。

(´・ω・)湯ヶ野温泉中心地から道を少し進んで、ようやく宿に着きました。

IMG_0002.jpg
(翌朝に撮った河津川)

IMG_0003.jpg
(翌朝に撮った河津川と福田屋と橋)

写真はクリックで拡大します。

参考リンク

町営・踊り子温泉会館

グーグル地図・湯ヶ野温泉
posted by 人間失格(`・ω・´) at 17:07| 埼玉 ??| Comment(4) | 旅物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月16日

(´・ω・)伊豆物語(5)「一日目C河津桜まつり」

(´・ω・)さて。ようやく国道135号から外れて、河津町に入りました。

(´・ω・)自転車で河津桜を探してうろちょろしてたら、河津桜まつりのメインストリート(?)に行き当たりました。自転車を転がしながら河津桜の並木道を見学していきます。河津桜と菜の花の組み合わせが綺麗と言うか、優しい感じの風景で良かったです。

(´・ω・)祭自体も賑やか過ぎず、静か過ぎず、のどかな感じでした。良い気分でしたので、普段、嫌いで食べないサザエの串焼きを食べてみることにしました。その土地で取れた新鮮なものならおいしいかな、と思いまして。でも、やはり自分の口は貝を受け付けませんでした。やはり自分の貝嫌いは強力です。(特にアサリの佃煮は全ての食べ物の中で最も嫌いです。…しじみの味噌汁とか、ホタテの刺身とかならどうにか食べられるのですが…。)

(´・ω・)滞在10分程で河津桜まつりを後にして、今日の最終目的地、湯ヶ野温泉に向かって走り出しました。伊豆半島の内陸に入ってゆく山道です。そろそろ辺りも暗くなってきました。

IMG_0001.jpg
(河津桜と菜の花と。写真はクリックで拡大します。)

ヤフー地図・河津周辺

ヤフー地図・河津〜湯ヶ野

河津町観光協会
posted by 人間失格(`・ω・´) at 16:47| 埼玉 ??| Comment(4) | 旅物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月13日

(´・ω・)伊豆物語(4)「一日目Bアップダウン。」

(´・ω・)さて。コンビニの前でさっさと食事を済まし(おにぎり)、目の前の国道135号を走り始めました。

(´・ω・)伊豆高原をすぎ、北川(ほっかわ)・熱川(あたがわ)・稲取(いなとり)という変わった読み方をする土地を通ってゆきます。ちなみに西伊豆の方でも戸田(へだ)土肥(とい)と言う地名があります。

(´・ω・)海岸沿いの道は、以前サイクリング関係の本で読んだ通り、物凄いアップダウンでした。登って下がって、カーブがあって、と、かなり体力を使いました。

(´・ω・)伊豆高原あたりの道を走ってると右手(内陸側)にみかんの木がたくさんあった気がします。結構ここら辺はみかん狩りの農園も多いです。

(´・ω・)北川・熱川・稲取あたりのイメージは、走りながら古いホテルをちらっと見たぐらいなので、「寂(さび)れたところだなぁ」という感想しかなかったですが、中心地を歩いて見ればまた違った印象を受けるかも知れません。

(´・ω・)…そして、あれは熱川あたりだったと思います。道を登ったところで、また下がってゆく、典型的な海岸沿いの道のアップダウンですが、そこで自分はスピードを出しすぎてしまって(おそらく30`以上)、その後に続く急カーブを曲がりきれなくて対向車線の車に飛び出して「死ぬっ!?」となりかけましたが、なんとか腰を浮かせて、体を傾けて緊急回避してよけることができました。下手したら正面衝突で死んでたかも知れません。ヒヤヒヤしました…。

(´・ω・)そうして窮地を脱してしばらく走ると今井浜に出ました。もう目的地の河津(湯ヶ野)まですぐそこです。そこで国道の左手に桜っぽい木と遊歩道が見えました。「これが河津桜かな?」と思って、崖沿いの遊歩道にそろそろ入っていって、自転車を降りて押して歩いてみました。

(´・ω・)? 暗いピンク色であまり綺麗じゃないし、本数も少ないなぁ…と思って、崖沿いの遊歩道を歩いていきます。すると、遊歩道の崖側の手すりの下に花瓶の花が見えてきました。それが進行方向に向かって点々と続いています。花束もありました。「……。」その花瓶と花束を過ぎて、そのあと、つい、手すりの下の海を見てしまいました。その下には、ごつごつした岩と勢いよく打ち付ける波が見えました。暗い海でした。…何かここの暗い色の桜も急に不気味に見えてきました。ここの桜は魔性のものかも知れません。なんか怖くなってきたので、早々と退散しました。(;´・ω・)

sa.jpg
(遊歩道とは別のところの今井浜の河津桜です。文章中の遊歩道はこの近く。クリックで拡大します。)


参考リンク
ヤフー地図・伊豆東海岸・国道135号沿い
(この章の走行距離は35`程度です。その当時のメモではメーターの最高速度は52,5kmとなってました。サイクリング車で坂を下るとあまり脚力の強くない自分でも普通にそれぐらい出ます。ちなみに自己最高速度は埼玉西部の坂道で68kmです。)

ヤフー地図・今井浜周辺
(確かこの辺の遊歩道(七子遊歩道?)です。ちょっと調べたら、やはり自殺の多いところっぽいのでここには近づかない方が無難です。)

ウィキペディア・東伊豆町
posted by 人間失格(`・ω・´) at 17:24| 埼玉 ????| Comment(9) | 旅物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月11日

(´・ω・)伊豆物語(3)「一日目A城ヶ崎にて」

(´・ω・)さてはて。伊東から川奈・富戸を経て、ようやく城ヶ崎につきました。

(´・ω・)自転車のタイヤを外してそれを鉄柱(だったかな?)ごとチェーンに巻きつけて(盗難防止)、駐車場?(失念。)を後にして城ヶ崎海岸へ。

(´・ω・)まずは灯台があったので、とりあえずそこに登ってみました。そこから太平洋を見たような気がするのですが…。ここのところの記憶がすっぽり抜け落ちてて感想が言えません。。しょぼーんです。

(´・ω・)で、灯台を降りたところで、中高校生(?)ぽい集団がわらわら移動してきました。うるさいなぁ、と思ってその場を離れようとしたら、「あのー」と声を掛けられました。「?」と振り返ると、「携帯落としましたよ」と地上を指差しました。で、確かに自分の携帯が落っこちてました。拾い上げてみると画面に傷が…城ヶ崎は岩場ですので。慌ててその集団の少年に礼を言い(心の中で詫び)、城ヶ崎の吊橋の方に向かいました。

(´・ω・)吊橋の辺りに来たところで、老夫婦に声をかけられ写真を頼まれました。で、写真を撮ってあげたら、向こうも写真を撮ってくれて、「どこから来たの?」とか他愛無い話をした気がします。詳しくは覚えてませんが、湘南から来たとか言ってたのは覚えてます。で、その老夫婦と別れて、下にうpした写真を撮って城ヶ崎を後にしました。

(´・ω・)自転車のチェーンを外し、タイヤを嵌めて、再び走り出します。
少ししてようやく念願の国道135号に出ることが出来ました。コンビニがあったので、おにぎりを買って昼食にしました。

IMG.jpg(クリックで拡大します。)



ヤフー城ヶ崎周辺地図
参考リンク
城ヶ崎遊覧船公式HP(城ヶ崎の写真があります)
posted by 人間失格(`・ω・´) at 16:33| 埼玉 ??| Comment(10) | 旅物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月08日

(´・ω・)伊豆物語(2)「一日目・川奈の道」

(´・ω・)朝七時頃に家を出て、電車を乗り継いで東京駅へ。そこから、特別快速アクティー(東京〜熱海。確か特急料金はかからないです。安く行きたい人におすすめ。)に乗って熱海駅へ。そこから電車を乗り継いで伊東駅へ。

(´・ω・)温泉街の割にはやや殺風景な伊東駅前で、まずは輪行袋(サイクリング車を入れる袋)からバラシてあった自転車を取り出し、タイヤを嵌めこんで組み立て。

(´・ω・)「さて…少しお腹空いたけど、まだ正午まで時間あるし、走るか…」と言うことで、そろそろと走り始めました。
 伊豆の東海岸を縦断する国道135号に沿って走って、城ヶ崎を見てから、河津まで行ってそこで河津桜を見て、そこから内陸に入って湯ヶ野温泉にある某宿泊施設に止まる。これが一日目の予定です。

(´・ω・)走り出して10分くらいで、いきなり困惑するような事態が発生…。道が二つに別れていて、国道135号と思われる道は車のみで自転車じゃ通れ無さそうな感じで、もう片方の道は、なんか海岸の方へ下がっていってしまうような道です。自転車を停めて逡巡しましたが、「…まぁ、下に行っても、また、どこかで国道に合流できるだろう」と、そちらを下ってゆきました。

(´・ω・)自転車はやはり下ってる時が気持ち良いです。サーっと道を下ってると、海沿いの寂れた町という感じの川奈の風景が広がってきます。関東平野のど真ん中に住んでる自分には新鮮でした。天気も晴天。心軽やか、ペダルをこぐ足も順調です。

(;´・ω・)…が、しかし。この道は国道に合流する気配が全く無い。少し焦ってきたところで、道は狭くなってきました。そして、ついに道が消えてしまい、どんづまりになり、二人の男が船を裏返してトンカントンカン修理(?)してる現場に来てしまいました。慌てて反転。…己の方向音痴さにしょぼーんです。

(´・ω・)仕方なく来た道を帰ることにしました。ですが、そのまま戻ってまたあの別れ道に行っても仕方無いので、海岸から上の方に向かい、国道に出る道を探すことにしました。が、そこが…自転車に乗ってられないほどの物凄い斜度のキツイ坂でした。やむなく、自転車を降り、手で押していきました。その坂の近くに小学校がありましたが、「ここら辺で育った子供は足腰凄く強くなりそうだなぁ…」と思いつつ、道を探して右往左往…。

(´・ω・)結局、どう言う経緯か忘れましたが(戻るのが面倒になったのか、道が見つからなかったのか)、国道とは別ルートで城ヶ崎を目指すことにしました。

(´・ω・)…海岸近くの道と言うのは意外と山道みたいなもので、アップダウンも激しかったです。…かなり消耗しながら、海岸沿い山道をゆきます。途中、割と有名らしいゴルフコースのある川奈ホテルの脇を通り、さらに小奇麗な家が並んでいるプチゴースト別荘地?を通りつつ(誰がこんな不便なところの別荘を買うのか…)、富戸という土地を過ぎて少しして、ようやく城ヶ崎の標示板(矢印)が見えました。どうにか城ヶ崎の側に辿り着くことができて、かなりホッとしました。


ヤフー地図・川奈周辺
posted by 人間失格(`・ω・´) at 18:27| 埼玉 ????| Comment(10) | 旅物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月06日

(´・ω・)伊豆物語(1)「伊豆計画」

(´・ω・)昔、男子高にいた頃の話です。

(´・ω・)高2の2月末〜3月初。高校入試のため、学校が数日間休みになりました。うちの高校は超進学校でしたので、この時期やその以前からすでにがつがつ勉強をしてる人もいました。でもまぁ、自分はこの高校の異様なペースの授業から思いっきり落ちこぼれ(特に数学と化学は赤点常習者)、勉強に敵愾心しか持ってなかったので(国語以外の授業中は専ら読書をしていました)、もちろん、この休みに勉強なんかするものか!と思ってました。(結局そのまま受験勉強はあまりしませんでした。)

(´・ω・)以前、現国の授業でやった「伊豆の踊り子」とそれに載っていた福田屋(川端康成の常宿)の写真がとても印象に残っていて、いつか伊豆に行ってみたいなぁと思ってたので、これを機会に、伊豆に行くことに決めました。

(´・ω・)学校のパソコン室で伊豆について調べていて、教師に「この休みに勉強しないのか?」とか言われたりしましたが、気にせず、るるぶ等も買って情報収集に努めました。

(´・ω・)その当時、サイクリングに興味があったので、今まで貯めてた貯金を崩してサイクリング車を買ってました。更に貯金を切り崩し、伊豆旅行の金を捻出しました。(これで貯金はほとんどなくなりました。今思えば少し後悔してます。)

(´・ω・)なるべく安い宿を三つ取り、三泊四日の旅程を立てました。
初日は埼玉から東伊豆の伊東駅まで電車で移動(サイクリング車はバラして袋に入れて持ち運ぶことができます)、そこで自転車を組み立てて熱川・稲取、等の東伊豆の海岸線を走り、城ヶ崎・河津桜を見て湯ヶ野で宿泊。二日目は河津七滝(かわづななだる)・天城峠・旧天城トンネル・浄蓮の滝を見て、湯ヶ島に宿泊。三日目は、修善寺(しゅぜんじ)を見て、北上、三島を越えて御殿場(ごてんば)で宿泊。四日目は、乙女峠を越えて箱根に入り、小田原まで移動。そこで電車に乗って帰埼。

(´・ω・)そんな予定を立てました。 

(つづく)

参考リンク
ヤフー地図(伊豆)


裏ネタ(´・ω・)伊勢物語は「昔、男…」で始まる話が多いので、真似てみました。
posted by 人間失格(`・ω・´) at 17:12| 埼玉 ????| Comment(5) | 旅物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

(´・ω・`)忘却の彼方から

(´・ω・`)旅物語を書こうと思っても、数年前のことだから、随分忘れてしまってる…。まぁ、写真とメモがあるから、まだマシだけど…。そのうち、「伊豆物語(たぶん短歌つき)」(伊勢物語のパクリ)始めるかもです。文才が無いので面白いものは作れないかもですが。
posted by 人間失格(`・ω・´) at 01:40| 埼玉 ????| Comment(2) | 旅物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする